写真・図版4月6日、超高速取引が米国株式市場を歪めているとの懸念が広がっているが、投資家にとってもっと深刻な脅威が存在する。それは取引所の外でやりとりされる取引の増大だ。ニューヨーク証券取引所で3日撮影(2014年 ロイター/Brendan McDermid)

 [ニューヨーク 6日 ロイター] -先週は作家マイケル・ルイス氏の著書発売もあって、超高速取引(ハイフリークエンシー・トレーディング)が米国株式市場を歪めているとの懸念が大きく広がった。しかし、投資家にとってもっと深刻な脅威が存在する。それは取引所の外でやりとりされる取引の増大だ。
 元規制当局者や学識者の間には、現在の株式売買の多くが取引所の外で行われ、取引価格は市場のありかを適正に反映していない恐れがあると危惧する声がある。しかもこの問題は、超高速取引に絡む不正行為よりはるかに大きな損害を投資家にもたらす可能性があるというのだ。
 平均的な投資家であれ、大物ポートフォリオマネージャーであれ、彼らが今株を買おうとした場合、「ダークプール」と呼ばれる場所か、あるいは取引所の代替機関のディーラーが出す別の注文とマッチングさせることが頻繁に行われている。
 こうした取引所を介さない売買は取引所に手数料を払わなくて済むため、ブローカーにとっては取引コストを節約できるメリットがある。大口注文を出す投資家も自分たちの動きを隠蔽できるので、他の投資家が自分たちの注文を聞きつけて便乗しようとするリスクを軽減できる。
 しかし、こうした「取引所外取引」の拡大は価格形成の透明性を大きく損なうものであり、市場全体にとってはとんでもない行為だと専門家は指摘する。問題は取引所外取引を行う主体が取引所が公表する価格とは別の値付けを行っている点だ。これらの価格に対する信頼性が欠如しているとしたら、「ダークプール」の提示する価格そのものが歪んでいることになる。
 現在、米国株の取引で個人投資家を含む全注文のうち約40%は取引所の外で行われており、その割合は6年前の16%比べて大幅に増えている。
 米証券取引委員会(SEC)のトレーディング・市場部門の元責任者、ジョン・ラムゼイ氏は2月にある会合の会場で、この傾向が「非常に気掛かりだ」と語った。ラムゼイ氏は「学会のデータが示すところによると、ダークプールにおける特定の株式の売買が一定水準を超えると市場の質は実際に損なわれる」と指摘した。
 2012年に米国株式の売買高が21兆4000億ドルに上ったことを考えると、少額であっても誤った価格設定が数百億ドル規模の影響を与えることはあり得る。
 ルイス氏は新著「フラッシュ・ボーイズ:ウォール街の反乱」の中で、超高速トレーダーは毎年投資家からこうした資金をだまし取っていると警告する。著書では、超高速取引を行う企業がどのようにして超高速通信網やマイクロ波通信設備を活用して取引所のシステムに特別にアクセスし、他のトレーダーより優位な立場にいるかに焦点を当てた。
 ホルダー米司法長官は4日、インサイダー取引の疑いもあるとみて超高速取引を調査していることを明らかにした。他の規制当局や米連邦捜査局(FBI)も株式の超高速トレーダーに不正行為の疑いがあるとして調査していることを認めている。
 だが、超高速トレーダーの行為が悪質であるかどうかとは無関係に、超高速取引会社の収入はここ数年減少している。ローゼンブラット・セキュリティーズの推計によると、2009年の50億ドルをピークに昨年は約10億ドルにとどまった。もしルイス氏が言うように超高速トレーダーが他の市場を食い物にしているとすれば、問題は縮小していると思われる。
 一方で、超高速取引による収入が減少する中でも公設取引所以外での取引は増える傾向にあり、数十年間にわたる市場の透明性向上という流れが引き戻される恐れがある。
 <取引所は最後の手段か>
 証券ブローカーは顧客の注文に応じるのにいくつかの手段を持つ。買い注文と売り注文を自社の顧客とマッチングさせる内部化、店内化などと呼ばれる手段のほか、同じ業務を行う他のブローカーに注文を売却することもある。
 ブローカーが「ダークプール」に注文を出すこともある。ダークプールは手数料が低く匿名性が守られること以外は通常の取引所と似ており、売買注文は実際に執行されるまで公表されない。最後は取引所に取引をつなぐ方法だが、それには高い手数料を支払わなければならない。
 超高速取引会社で技術ベンダーであるトレードワークスのマンジ・ナラン最高経営責任者(CEO)は「取引所は基本的に最後に流動性をやり取りする場所になった」と指摘する。
 米国には45のダークプールと、店内化取引を行うインターナライザーと呼ばれる200社が、13の取引所と競合している。
 インターナライザーの上位にはKCGホールディングス、シタデル、UBS、シティグループが含まれる。ダークプールの運営会社にはクレディ・スイスとモルガン・スタンレーがある。
 CFA協会のロドリ・プリース氏によると、公設市場を利用するインセンティブが失われるのに伴って、多くの超高速トレーダーは「戦いの場」として取引所に目を向けるようになった。価格透明性の高い市場は「明るい」市場と呼ばれることも多い。
 この結果、市場は一段と分裂した。
 「米国株の発注の流れの多くがダークプールに向かい、明るい取引所には向かわない。これによって取引チャンスにとっての障害は大幅に減った」と、超高速取引会社タワー・リサーチ・キャピタルのマーク・ゴートンCEOは話す。
 個人投資家の注文を獲得しようとインターコンチネンタル取引所グループのICE、ニューヨーク証券取引所(NYSE)とナスダック、ナスダックOMXグループはブローカーに対しダークプール方式の発注を認めており、注文執行後まで売買は非公開となる。
 米国の取引コストが低下しているのは明らかで、個人投資家にとって20年前に比べて取引条件は良くなっている。しかし、クレディ・スイスが2月20日にまとめたリポートによると、米国とグローバルな取引コストは実際には過去2年間に上昇している。このことは取引所外の取引から得られる利益は以前ほど大きくないことを示唆しているのかもしれない。
 <取引の秘密>
 取引所外取引に対する大きな懸念は、売買を内部化し、ダークプールに売却するブローカーが売買注文の執行までは市場に何のデータも公表しない点だ。これに対して取引所では注文が送られると株価はそれによって調整され、誰もがそのデータを見ることができる。
 ダークプールは取引成立後になってやっとデータを報告する。この段階で取引情報は価格形成にほとんど影響しない。
 ダークプールは本来、金融機関が株式の大規模発注を行う際に市場に大きな影響を与えないようにする目的で創設された。例えば100万株の注文情報が明らかになると、相場の反対側にいる人々は価格を急速に吊り上げようとし、元々の投資家は予想より高い金額を支払わなければならなくなる。
 しかし今では、実際の売買の多くはそのようにはならない。ダークプールの平均的な注文の規模は200株近辺で公設の取引所の水準と同様だ。
 前出のプリース氏は「この傾向によってコストが上昇し、ますます多くの取引が場外で行われる可能性がある」と語った。
 ルイス氏が公正な取引の場として著書で取り上げたIEXという公新たなプラットフォームは、出来高が増えれば取引所になることを目指すが、現在はダークプールだ。平均的な注文の規模は750株程度となっている。
 IEXのブラッド・カツヤマCEOは「取引所外市場へのシフトが著しく進めば、公設取引所が対抗して提示する価格というものはなくなる。そこまで不均衡な状態なのかどうかはまだ分からない」と話した。
 プリース氏は昨年11月、取引所外取引に関する研究結果を公表し、特定の銘柄の取引でダークプールの売買が半数を超えると適正な株価の形成は難しくなると指摘した。メルボルン大学のキャロル・コマートン・フォーデ氏とタリス・パトニンズ氏の研究によると、場外取引が10%を超えると株価の決定プロセスは損なわれ始めるという。
 カナダとオーストラリアの規制当局はここ数年、ダークプールにおける売買を減らす対策に乗り出し、具体的には場外取引を最小限に抑えて、公設の取引所より良い価格条件を提示することなどを義務付けた。欧州や香港の当局も同様の規制を視野に入れている。
 カナダの投資規制業界団体で市場規制の責任者を務めるウエンディ・ラッド氏は「米国市場や他の市場の動向、カナダにおけるダークプール活動の拡大を見ると、非常に重要な原則を導入したいと感じる」と述べた。
 (John McCrank記者